お盆の最中、成城にある東宝撮影所に行く。
ここではわたしの原作、“愛の流刑地”の撮影がおこなわれている。
クランクインしてからまだ半月余りだが、順調にすすんで、すでに3割をこ撮り終えたという。
当日はたまたま、独房に収容された菊治が、夜、仰向けに休んでいる。
そのうち、不思議な予感にとらわれて目を開き、天井の一点を見つめていると、冬香の幻影が現れるというシーン。
ゆっくりと菊治は天井に向って手を差し出し、それに冬香の手がからまり、そのまま二人は激しく抱き合う。
夢に見ていた抱擁。
だが、やがて幻影は雲のように消え去り、気がつくと菊治は堅い床の上でうつ伏せに倒れている。
以上の段取りで、監督の「ハイッ」という声とともに撮影がはじまる。
演じているのはむろん菊治の豊川悦司くんと、冬香の寺島しのぶさん。
豊川くんはわたしの「エ・アロール」にもでているが、今度は心機一転、少し若すぎるかと危惧していたところも見事にのりこえて、新境地開拓の熱演。
寺島しのぶさんは、やや痩せて妖艶そのもの。
二人の呼吸はぴったり。
鶴橋監督も新しいアイディアを次々とだし、情感豊かな画面が期待できそう。
ちなみに、鶴橋監督はいまから30年前、わたしの「野分」のテレビ化のときに演出したことがあるベテラン。
主演の二人と話したが、ともに意欲は充分。久しぶりに大人の鑑賞にたえうる、大人の映画ができそうである。
前の記事:新聞掲載のお知らせ、新らしい文庫のご案内
次の記事:妻の気持ち
北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、母校の整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年「光と影」で直木賞を受賞。 1980年に吉川英治文学賞を、2003年には菊池寛賞などを受賞する。