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2006年04月03日

桜の宿命

 今(4月3日)、都内は桜が満開。
 渋谷の近く、NHK正面から松涛公園、明治神宮一帯から代々木公園、青山墓地から霞ヶ関、そして千鳥ヶ淵と、さまざまな桜を見たが、桜にも生まれた場所の運不運があるらしい。
 たとえば代々木公園や千鳥が淵の桜は、背景の緑の森やお濠の水が桜をきわだたせるが、都心部のビルのあいだにある桜は、いくら咲いても背景の無味乾燥な石の壁にはさまれて、沈んでしまう。
 京都の桜がひときわ美しいのは、この背景が優れているからで、松や柳につつまれ、さらに古い神社仏閣が趣を添える。
 どうせ桜に生まれるなら、「京都の東山に育ちたかった」と嘆いている桜も多いかもしれない。
 この桜の咲きかたは、わたしは「箍(たが)が外れている」と記したことがある。
 箍が外れる、とはすべての緊張や抑制が解かれた状態だが、桜にはそうしたすべての拘束から解き放たれたような狂気があふれている。
 人々が桜を美しいと思いながら、妖しい思いにとらわれるのは、こうした異様な気配が潜んでいるからに違いない。
 それで思い出したが、わたしの小説、「桜の樹の下で」の映画化のとき、桜を撮影していた技師にきいたことがある。
 あるとき、満開の桜の写真が欲しかったが、咲くのが遅いので、枝に撮影用のカメラのライトを当てて、早く咲かせようとした。
 すると、たしかにその樹だけ早く咲いたが、翌年からその樹だけ咲かなくなったとか。
 人間の無法なやりかたに桜は怒り、黙したのだろうか。
 そこで今一つ思い出したのだが、今の東映の社長をしている岡田祐介氏から聞いた話。
 まだ子供の頃、時代劇の名優、市川歌右衛門丈と世田谷の馬事公苑に行ったら、桜が満開だったとか。
 そこで祐介氏が「これはソメイヨシノですね」と言ったら、歌右衛門丈は、「違う」と即座に否定して「祐ちゃん、これはサクラだよ」と教えてくれたとか。
 さすが名優は違う…

16:51 | トラックバック(0)

渡辺淳一プロフィール

北海道生まれ。医学博士。1958年札幌医科大学卒業後、母校の整形外科講師となり、医療のかたわら小説を執筆。1970年「光と影」で直木賞を受賞。 1980年に吉川英治文学賞を、2003年には菊池寛賞などを受賞する。

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